夏休み特別企画〜子供も一緒に組織論〜仮説がその通りに実証される確率?

2007年08月29日

『お金基準の価値観』と『序列の価値観』5

こんばんは、カリマス(借ります)コンサルタントのアキバです。

今日は、『お金基準の価値観』と『序列の価値観』の人達の特性について掘り下げてみます。

今日も借りません。



【お金基準の価値観】

モノの価値は、ある人から見て存在価値があるか?どんな付加価値があるか?で決められます。
広義の意味においては《ある人》が《ある動物》であったり、《大自然》であったり、《地球》であったりもします。
また、同じく広義の意味においては《モノ》の部分が《人》であったり、《サービス》であったりもします。
『存在価値』と『付加価値』は、《ある人》から見ると非常に高くても《他の人》から見たらあまり高くないかも知れません。

『高い価値』と『低い価値』を誰もが明確に理解するためには、何か共通の尺度が必要になります。

大昔に遡ると、『価値のあるモノ』と『価値のあるモノ』の物々交換から始まります。
物々交換による《共通の尺度》は、例えば海沿いのある村と山間部のある村といった特定の地域社会における尺度としては有効です。
ですが、適用する地域が広くなれば広くなるほど、価値判断のための地域的な要因や個人的な要因にとらわれない尺度が必要になります。

その尺度を国や地域で定め、具現化したものが通貨=お金です。
その通貨を別の国や地域の通貨と交換する基準が為替です。


そもそも『価値を交換する道具』であった『お金』ですが、モノの先物取引が始まった事から、『お金』が『お金』を生むようになり、徐々に『お金』自体の尺度そのものが『価値』の基準であるかのように考える人達が現れてきました。

国がデフォルトしたり、デノミが実施されれば『お金』自体の『価値』なんて簡単に無くなったり、極端に低下したりするのにもかかわらず、本来のモノ自体よりも『お金の価値』の方が強くなってしまったのです。


『お金基準の価値観』となってしまった人達は、『モノ』『人』『サービス』もほとんど全て『お金』で判断します。
ですから、組織やチームで仕事をしようとしても、《いくらもらえるのか?》によって、自分のモチベーションを管理します。

ただし、残念な事に『お金』には『付加価値』がありませんから、沢山もらっても『感動』を得る事は出来ません。
ですから、結果として《より報酬の高い仕事》に心移りしてしまうのです。

さらに、人に優劣をつける『序列の価値観』が加わると、同じ組織やチーム内での『お金』の取り合いがはじまります。



【序列の価値観】

日本人は一般的に、幼少の頃から《通信簿》で自分と他人の優劣を付けられ、同級生とも戦わなくてはならない《受験戦争》を経て、《他人を蹴落としてでも自分が上に立つ》ように育てられてしまいます。
本来であれば、その子が一番やりたい事を伸ばしてあげる事で、より専門的で素晴らしい人間が育つ筈です。でも実際は、残念ながら『個性』よりも《全てが平均値以上》を重要視されてしまっています。
礼儀や節度、道徳といった人として非常に大切な教育がなおざりにされた上、《他人を蹴落としてでも自分が上に立つ》ような教育を受けて育てば、人に優劣をつける『序列の価値観』が染み付いてしまうのも仕方がありません。

『序列の価値観』が身についてしまうと、人には上下があり、勝ち負けがあるのが当たり前になります。
スポーツやゲームにおける上下や勝敗は当たり前ですが、その価値観が人格を判断する基準にまで影響してしまうのです。

『勝ち組』という言葉はまさしくその典型です。

たった一つの『誰かが編み出した理論』を習得しただけで自分の方が偉いとか、上だとか言ってしまうのは『序列の価値観』があるからです。

自分で初めから最後まで考え出した理論や考え方であれば、確かに『偉い』でしょう。

ですが、そんなたった一つの事だけで『人の上に立つ』のは如何なものでしょうか。
誰が『人の上に人をつくり』『人の下に人をつくる』のかといえば、それは『序列の価値観』を持った人間でしょう。


もっとわかりやすい『序列の価値観』が《年功序列》です。

そもそも、《年功序列》とは《年高序列》ではありません。
年上だから上で、年下だから下とか、先に入社したから上で、後から入社したから下という事ではないのです。

『年の功』とは、「年をとって経験を積んでいる事」または「その経験の力」の事です。
経験値により、スキルやノウハウの奥行きや高さ、幅が広がる事から《年長者=より高い価値を提供する事が出来る人》となり、年長者を敬うようになったのです。昔は、村の長老に相談して問題を解決したり、おばあちゃんの知恵袋から知恵をお借りして利便性を与えてもらっていたから、敬われるのは当然でした。

それが、言葉の意味を置き去りにするほどのスピードで『序列の価値観』が人を浸食し、何の価値をも与える事が出来なくても『年上は上、年下は下』と本当に思っている人が増えてしまいました。


あっ、すみません、また言い過ぎました。
『何の価値も与える事が出来ない』人なんていません。
申し訳ございませんでした。
心からお詫び申し上げます。



【お金基準の価値観+序列の価値観】

『序列の価値観』をもっと噛み砕いて説明すると、「俺の方が知っている」とか「わたしの方が ・・・」といった、いわゆる「俺が、俺が」タイプの人です。
このタイプの人のウィークポイントは、ほとんどの場合《人の話を聞かない》という部分です。
この場合の《人の話を聞かない》というのは、《人の話を受け入れない》とか、《人の話を理解しない》という意味です。
ただし、『序列の価値観』がありますので、《自分より上だ》と思っている人の話は良く聞きます。

《自分と同列》か、《自分より下だ》と思えば、ほとんどの場合、聞く耳を持ちません。

立場的に《先生》と呼ばれる職業の方や、急に昇進して組織をまとめなければならなくなった人は注意が必要です。
それは、無意識のうちに人の立場を《上下》で見るようになりやすいからです。

いつの間にか『序列の価値観』によって、《人の話を聞かない人》として孤立するようになってしまうかも知れません。


そこに『お金基準の価値観』が加わると、《より多く稼ぐ人が上》となります。
《より多く稼ぐ人が上》ですから、『お金基準の価値観』+『序列の価値観』の人は《あまり稼げない人》の意見は聞きません。

また、お金には『付加価値』がありませんので、他の人と共感・共鳴するポイントはたったひとつ、《どうやったら儲けられるか?》だけになります。

そこにピラミッド型組織の象徴である『権力』が加わると、従業員使い捨ての統治組織が誕生します。

『権力』を外して『自律性』に任せると、成果主義の組織になります。

成果主義の組織は一見フラットな組織に見えますが、社員やメンバー同士が協力しあう事はありません。
むしろ、他の社員やメンバーがいない方が自分の給与・報酬が多くなりますので、足の引っ張り合いになりやすいのです。

学校教育が、人格を形成する礼儀・節度・道徳をなおざりにして成績主義の教育を行い、そんな環境で育った人達が今、教育の現場にいらっしゃいます。
もっと大切な《親》もまた、そのような環境で育っています。



気づいた人が、気づいた時に。



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ryozy_akkiy at 22:10│Comments(0)TrackBack(0)組織論 | 自己革新

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