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2008年03月31日

ライラの冒険〜黄金の羅針盤〜に見る人材の可能性5

こんばんは、アキバです。

今夜は春休みエンドロール企画『ライラの冒険〜黄金の羅針盤〜に見る、人材の可能性』をお送りします。


あっ、そうそう、ライラを映画館で観ようと思っていて、まだ観ていない人は、劇場鑑賞後に読んでくださいね。




はじめに、『人材』のお話を少ししますね。



『人材』を携帯の辞書で調べると、

《才能があって、役に立つ人。有能な人物。人才。》

っと書いてありました。


勿論、辞書によって表現が多少異なりますが、この最後に書かれている

『人才』

という表記。



中国では《人の才能と書いて、『人才』》っと表記するそうです。

日本では『人材』もしくは、少し前に流行った『人財』と表記しますね。

それでは、『才』と『材』と『財』を辞書で引いてみましょう。



『才』=(1)生まれつきの能力。才能。

(2)尺貫法で、容積を表す単位。一才は一勺の一〇分の一で、約一・八(ミリリットル)。



『材』=(1)建築などの原料となる木。

(2)もととなるもの。原料。

(3)才能。また、才能のある人。



『財』=(1)富。資産。

(2)経済学で、人間の欲望を満たすもの。財貨。




漢字一文字の意味から受ける印象を会社や組織における社員やメンバーに置き換えると、『材』はやはり会社の材料、つまりパーツであり昔で言うところの《会社の歯車》的な印象を受けますね。

『財』は会社の欲望を満たすものとか、会社に経済的利益をもたらすための《モノ》という印象があります。


『才』はストレートに生まれつきの能力を表す言葉ですから、《モノ》ではなく《人》《個性》を感じさせてくれます。


漢字一文字だけでも、こんなに印象が違うものですね。



さてさて、漢字のお話が長くなっても仕方ないので、早速本編に入るとしましょう。

あっ『人才』については最後の方でまた触れますので、頭の片隅にでも置いておいてくださいね。





ライラの冒険は三部作で、〜黄金の羅針盤〜は三部作の中でもよりファンタジックな物語だそうです。


何よりファンタジー性を引き出しているのが、人間ひとり一人についている守護精霊のダイモンでしょう。



このダイモン。

大人になると一種類の生き物に定められるようですが、ライラのように子供の頃はシチュエーションに応じて様々な生き物に変化します。


また、物語のキーワードとなる『ダスト』は、ダイモンを通じて人間に降り注ぎ、人間に溜まっていくようです。


国家の枠組みを超え、圧倒的な権力を持つ『教権』=マジステリアは、ゴブラーを組織して子ども達を集め、北の地スバールバルのさらに北にあるボルバンガーの秘密基地で子ども達からダイモンを切り離す実験を行っています。


凝り固まった大人ではなく、自由で柔軟な子ども達からダイモンを切り離そうとする『教権』の狙いは何なのでしょう。


私はこのダイモンが『心』と『可能性』を表しているように思いました。

『教権』としては、『無限の可能性』を秘めた『心』や『想像力』『魂』『個性』のようなダイモンを子ども達から切り離す事によって、自分達『教権』に絶対服従する人間達を作り上げようとしているように感じました。



子どもは親や先生から「立派な大人になりなさい」とか「勉強しなさい」とか「いい大学に入って、一流企業に入りなさい」とか、様々な大人の決め付けを受信しながら、自分の存在を確立していきます。


そうして大人になると、チャレンジする前から諦める事が多くなったり、経済的利益を得ることが出来ないようなものに対しては興味がなくなってしまったり、人を勝ち負けや上下の序列で見るようになったりしながら、特定の思考の枠組みの中に自分自身を納めていこうという力が働きます。

TA(交流分析)における禁止令や脚本は、自分自身を無意識のうちに特定の枠組みに納めようとしてしまう典型的な例でしょう。



また資本主義が全盛期であった前世紀(20世紀)において確立された『お金基準の価値観』は、金儲けを優先させる事により、時に大切な『心』を見失わせるような社会を形成してしまいまったように思います。



子どもの頃の思考の枠組みでは、はじめから魔女や魔神の存在を否定したり、はじめから《出来ない》とか《無理》と思うような事は無かった筈です。


それが、親や先生からの教えや学校や地域社会における経験、マスメディアやネットからの情報などにより外堀を固められ、固定観念や既成概念に囚われた自らの思考の枠組みが形成されてしまいます。


そうして一種類に定められたダイモンに降り注ぐ『ダスト』は、人間の『エゴ』を表しているのかも知れません。


『エゴ』は『教権』に完全に従わせるのに邪魔になり、子ども達には無いものです。

『エゴ』が蓄積しないうちに『心』と『可能性』『魂』のようなものを奪い去り、完全服従の人間を増やす事により、統治しようとする。


それがマジステリア=『教権』の目論見だとするとどうでしょうか?


似たような事が身近にもあると思いませんか?



会社や組織における『管理』ってやつです。


私が知っている、ある組織のトップの方は、「組織を統治したい」っとおっしゃられていた時期がありました。


自らはTAにおける脚本で無意識にコントロールされながら、《自分が成長して自分の指示命令により、組織を統治する事で、強い組織を作る!》っと強く思っていたようです。


しかし、本当に強い組織って、そんなものでしょうか?


トップの指示命令に従うだけであれば、組織の限界はトップを張っている個人の限界となります。

もし組織の中に明日の予言が出来る人が本当にいたとしても、トップが「あり得ない」と思えばあり得ない事になってしまうのです。


『エゴ』の凝り固まった人が私利私欲のために多くの人を従わせようとすれば、大切な環境も破壊され続けるでしょう。


そんな大きなチャンクで捉えると、なんとなぁ〜く「ライラの世界もリアルだなぁ〜‥‥」なんて思えてきます。


皆さんも自分や子ども達のダイモンを大切にして、ひとり一人の『人才』を認め合い、お互いに支援し合いながら、この世の中の全ての可能性を正しい方向へ導いて行きましょう。


全ては正しく平和な共存のために。


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実は『アスリエル卿の発言に見る決め付けとTAにおける脚本の関係』や、『コールター夫人と彼女のダイモンゴールデンモンキーに見るインナーチャイルド』なぁ〜んていうのも書こうと思ったのですが、長〜〜〜くなってしまうので今回は書きませんでした。

リクエストがあれば書こうかなぁ〜?!


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ryozy_akkiy at 22:54│Comments(0)TrackBack(0)組織論 | 自己革新

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