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理念を浸透させる事とは

価値観を共有する事



ただし


大きなチャンクの価値観を共有する事



自分の趣味嗜好レベルの価値観を共有させようとする事は

すなわち

価値観の強要となる





物の価値を『お金基準の価値観』で測るのか?

その物自体の『存在価値+付加価値』で測るのか?

はたまた、人気の有る無しで測るのか?


そんな根本的な部分であれば

価値観を共有する事となり



「そんな物は良くない」とか

「これにしなさい」と

物自体を特定するような部分に至ると

価値観を強要する事にもなる




社員やメンバーひとり一人の個性を活かしながら

その組織やチームの特色を思う存分に発揮する

最小公倍数の価値観




小さくても強い会社を創るには

夢を持ったリーダーの個性溢れる価値観に『共感・共鳴』する事が出来る社員やメンバーを

はじめから集める事



後付けの経営理念が浸透しにくいのは

価値観の強要になりやすいからなんだねぇ





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こんばんは、経営理念コンサルタントでリスクマネジメント協会 Certified Risk
Manager の秋葉です。


素晴らしいお天気に恵まれたゴールデンウィークも終わり(‥‥‥あっ、今日・明日を休んで大型連休にしている方々もいらっしゃるかも知れませんが‥‥)、お疲れ気味の木曜日。

本日もお疲れ様でございました。



さてさて、休日の楽しみ方として、

ご主人は「○○○がいい!」

とか

奥様は「◇◇◇に行きたい!」
とか

お子様は「☆☆☆で遊びたい!」

なぁ〜んて意見がまとまらなかったご家庭もあるでしょう。



たとえ家族であっても、人はそれぞれの価値観を基準として、モノゴトを判断します。


人それぞれ、多少の価値観の違いはあるでしょうけれども、

「あの人とは、価値観が合わないの」

っと、価値観の相違が原因で人間関係が大きく左右される事も事実です。



面白いと思うモノゴトが異なったり‥‥‥

美味しいと思うモノゴトが異なったり‥‥‥

美しいと思うモノゴトが異なったり‥‥‥


たとえ価値観がお互いに異なっていたとしても、お互いの異なる価値観を受け入れて行くと、世界は広がります。



ところが、相手の価値観を否定すれば、相手との人間関係は上手く行かず、自分の価値観を否定されても、相手との人間関係は上手く行かないものです。




そんな価値観にも、チャンクがあります。


チャンクとは「塊(かたまり)」の事で、大きなチャンクは大分類、小さなチャンクは小分類といった形で、細分化する事をチャンクダウン、まとめ上げる事をチャンクアップと言います。



私がいつも『本来の価値観』と表現しているのは、十人十色、様々な価値観をまとめ上げ、チャンクアップした大きなチャンク価値観です。


モノゴトには、

『存在価値』と『付加価値』

がありますよね。


あっ、そうそう、“勘定”としての付加価値ではなく、“感情”としての付加価値です。



自分自身にとって不足しているモノゴト、必要なモノゴトが、
『存在価値』

となります。



自分自身の感情を動かすモノゴトが、

『付加価値』

となります。



これを経済的価値のみで切った場合には、

「高いモノゴトは良い」

「良いモノゴトだから、人気がある」

「人気があるから、良いモノゴトである」


という価値観となります。


経済的価値によって、モノゴトの良し悪しを判断する価値観を、私は

『お金基準の価値観』

と読んでいます。



『お金基準の価値観』であれば、自分自身の価値基準よりも、需給バランスやトレンドが優先されますので、自分自身が追い求めるモノゴトがなかなか定まりません。


その定まらない価値観の中で、その時々の気まぐれ的な発言によって、他人と対立してしまう事は、とても勿体ない事です。



『存在価値』+『付加価値』=『本来の価値観』

と表現して参りましたが、

もしかすると、

『存在価値』×『付加価値』=『本来の価値観』

かも知れません。



『存在価値』が無ければ、『付加価値』がいくらあっても、“ゼロ”ですからねぇ。





自分自身の中にホンモノを見出だす事が出来る『本来の価値観』


他人の価値観の中に自分を見出だす『お金基準の価値観』




『本来の価値観』をチャンクダウンすると、それぞれの価値観に繋がりますが、『お金基準の価値観』をチャンクダウンしても価値基準は『お金』ですから、割り切って対立しやすいのですねぇ。




それでは、今宵はこの辺で‥‥


詳細は、また改めてお伝えしましょう。





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こんばんは、経営理念コンサルタントでリスクマネジメント協会 Certified Risk
Manager の秋葉です。


今日も寒〜い朝を迎え、我が家の周りの畑は残雪と霜でキラキラと輝いていました。

雪の下でシワシワになって育つ「ちぢみほうれん草」って、甘味と深みがあって美味しいですよね。

あっ、私は買って食べるだけですが‥‥。


ほうれん草といえば、どこの会社でも大切にされながら、いまひとつ徹底出来ていないのが、報告・連絡・相談(ほうれんそう)です。


壁に張り出されたり、朝礼や反省会等で何度も徹底するように促されていながら、「我社の報・連・相は完璧だよ。」っと胸を張っている会社は少ない(ほとんど無い)ですよね。


そんな報連相(ほうれんそう)をしている際に気がつくのが、

《相手があなたを必要としているか?》

もしくは

《相手はあなたが稼ぎ出すお金を必要としているか?》

という事です。



報連相(ほうれんそう)が一方的で、「相手との会話になっていないなぁ‥‥」っと感じたら、要注意です。


報連相(ほうれんそう)はあなたから相手に対して一方的で、かつ相手からは指示・命令的な言葉しか帰って来なければ、

相手はあなたを必要としているのではなく、あなたが稼ぎ出すお金や結果、その相手があなたを通して得る事が出来る利益を必要としている可能性がきわめて高いでしょう。



もしも

「おやおや?」

っとか、

「あれれ?」

っと気になったら、相手の意見をその場で確認してみましょう。



あっ、勿論、喧嘩腰にならずに謙虚な心を忘れずに、しっかりと確認してくださいね。




そこで一句

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報連相(ほうれんそう)

一方通行

気をつけて

コミュニケーション

大事な一歩


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お後がよろしいようで
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あったかいご飯が主食だった日本には、山から下りてくる「水」とそこにある「土」を共に利用する文化がありました。


自然の力によって水が運ばれるからこそ、そこに住む人々は暮らすことができる。


日本人は、二千年以上も昔から、豊かな自然の恵みである「水」と「土」を村のみんなで共同利用して、「水田」を作り、「水田」に集まる様々な生き物と共に米づくりを実践してきました。

現代ではLOHAS(Lifestyles of Health and Sustainability・健康も環境も持続可能な社会生活を心掛ける生活スタイル)として位置づけられる『衣』『食』『住』『遊』『学』『働』も、かつての日本では米づくりを通じた自然と人との「共生」として実践されていたのですね。



それが、戦後の高度成長期を経て『働』を中心としたライフスタイルが一般化して、いつしか個人的な『衣』『食』『住』『遊』=すなわち個人の生活を豊かにするための『働』となり、「共生」から「競争」の時代に変化していきました。

個人の生活を豊かにする事を目的とした『働』は、『衣』『食』『住』『遊』とは分離され、生活と仕事を切り離して考える人がだんだんと増えてきました。

それでも勤勉だった日本人は、一生懸命がんばって競争に勝てば、「経済的な豊かさ」を実現できる社会を創りあげました。


生活と仕事が切り離されてしまうと、「私たちは、犠牲を払うことなくしては、何の進歩も成功も望めません。」というジェームズ・アレン様の「原因と結果の法則」に陥ります。

一生懸命がんばって競争に勝ち、個人の生活を豊かにするための「経済的な豊かさ」を手にすることができたとしても、それは「自己犠牲」の上に成り立っているという矛盾にぶつかります。

《豊かな生活のために自らの生活を犠牲にする》といった矛盾が、現代のストレス社会を生みだしてしまったのでしょう。

そんなストレスを回避するために、「和」を重んじていた日本人は次第に「個」へと分離していったのですね。



豊かな『衣』『食』『住』『遊』を実現するための『働』、そして『働』で効率的に稼ぐための『学』。

『遊』、『働』、『学』も、こうして分離していったのでしょう。

昔は『衣』『食』『住』『遊』『学』『働』、人と人、人と自然が一体となって「共生」していたからこそ、現代のようなストレス社会ではなかったのだと思います。



そして今。
リーマンショックからの世界的な金融不安により、過度な資本主義社会が崩壊し、21世紀型の新しい「共生」を改めて創造するための絶好のチャンスが到来しました。


「競争」から「共生」へ。

バラバラになってしまった『働』、『学』、『遊』を再び結びつけることで『衣』『食』『住』『遊』『学』『働』、人と人、人と自然が一体となった「共生」を目指し、『お金基準の価値観』による「経済的な豊かさ」だけではなく、「人脈の豊かさ」や「心の豊かさ」、「自然環境の豊かさ」や「感受性の豊かさ」など、様々なホンモノの豊かさを再び取り戻す絶好のチャンスです。



さぁ、ホンモノの豊かさを探しに参りましょう。



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じめじめと

梅雨の戻りし

関東に

お祭りシーズン

やって来るなり



こんばんは、経営理念コンサルタントでリスクマネジメント協会 Certified Risk
Manager の秋葉です。



今宵は『経営理念』とビジネスモデルの関係について、考えてみましょう。



あっ、そうそう、長〜くなってしまいますので、『経営理念』につきましては、予め下記をご覧くださいませ。


金目当ての仕事に及んだ

経済成長率と真の豊かさ

クレームの価値



『お金基準の価値観』ではなく『本来の価値観』による『経営理念』を定める際には、必ず次の要素が入ってきます。




【『本来の価値観』による『経営理念』の三要素】

・どんなお客様に対して

・どんな商品やサービスを提供し続ける事により

・どうなって頂きたいか?



これは【成功のための四要素】を再確認すると、納得できるでしょう。

目的:何のため?⇒経営理念

戦略:やる?やらない?⇒意思決定

目標:いつまで?どれだけ?⇒計画

戦術:どんな方法?⇒やれる事総て




そのビジネスである“理由”も、その組織でなければならない“理由”も、裏を返せば“目的”に総て含まれています。




これが『本来の価値観』ではなく『お金基準の価値観』に基づいた『経営理念』であれば、

《売上・利益の向上》

以外の条件はフリーになりますし、

『本来の価値観』ではなく『序列の価値観』に基づいた『経営理念』であれば、

《業界No.1》

以外の条件はフリーになります。



これに対し『本来の価値観』に基づく『経営理念』は、【『本来の価値観』による『経営理念』の三要素】という制約条件がありますから、一見、焦点が定まりにくいように感じるかも知れません。


ですが、予め【『本来の価値観』による『経営理念』の三要素】を“目的”として定める事によって、ブレないビジネスモデル、ブレない経営につながるのです。



〜つづく〜





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あったかいご飯が主食だった日本には、山から下りてくる「水」とそこにある「土」を共に利用する文化がありました。


自然の力によって水が運ばれるからこそ、そこに住む人々は暮らすことができる。


日本人は、二千年以上も昔から、豊かな自然の恵みである「水」と「土」を村のみんなで共同利用して、「水田」を作り、「水田」に集まる様々な生き物と共に米づくりを実践してきました。

現代ではLOHAS(Lifestyles of Health and Sustainability・健康も環境も持続可能な社会生活を心掛ける生活スタイル)として位置づけられる『衣』『食』『住』『遊』『学』『働』も、かつての日本では米づくりを通じた自然と人との「共生」として実践されていたのですね。



それが、戦後の高度成長期を経て『働』を中心としたライフスタイルが一般化して、いつしか個人的な『衣』『食』『住』『遊』=すなわち個人の生活を豊かにするための『働』となり、「共生」から「競争」の時代に変化していきました。

個人の生活を豊かにする事を目的とした『働』は、『衣』『食』『住』『遊』とは分離され、生活と仕事を切り離して考える人がだんだんと増えてきました。

それでも勤勉だった日本人は、一生懸命がんばって競争に勝てば、「経済的な豊かさ」を実現できる社会を創りあげました。


生活と仕事が切り離されてしまうと、「私たちは、犠牲を払うことなくしては、何の進歩も成功も望めません。」というジェームズ・アレン様の「原因と結果の法則」に陥ります。

一生懸命がんばって競争に勝ち、個人の生活を豊かにするための「経済的な豊かさ」を手にすることができたとしても、それは「自己犠牲」の上に成り立っているという矛盾にぶつかります。

《豊かな生活のために自らの生活を犠牲にする》といった矛盾が、現代のストレス社会を生みだしてしまったのでしょう。

そんなストレスを回避するために、「和」を重んじていた日本人は次第に「個」へと分離していったのですね。



豊かな『衣』『食』『住』『遊』を実現するための『働』、そして『働』で効率的に稼ぐための『学』。

『遊』、『働』、『学』も、こうして分離していったのでしょう。

昔は『衣』『食』『住』『遊』『学』『働』、人と人、人と自然が一体となって「共生」していたからこそ、現代のようなストレス社会ではなかったのだと思います。



そして今。
リーマンショックからの世界的な金融不安により、過度な資本主義社会が崩壊し、21世紀型の新しい「共生」を改めて創造するための絶好のチャンスが到来しました。


「競争」から「共生」へ。

バラバラになってしまった『働』、『学』、『遊』を再び結びつけることで『衣』『食』『住』『遊』『学』『働』、人と人、人と自然が一体となった「共生」を目指し、『お金基準の価値観』による「経済的な豊かさ」だけではなく、「人脈の豊かさ」や「心の豊かさ」、「自然環境の豊かさ」や「感受性の豊かさ」など、様々なホンモノの豊かさを再び取り戻す絶好のチャンスです。



さぁ、ホンモノの豊かさを探しに参りましょう。



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こんばんは、経営理念コンサルタントでリスクマネジメント協会 Certified Risk
Manager の秋葉です。



ワールドベースボールクラシックの決勝戦は、辛口の米国新聞各社も大絶賛だったようですねぇ。

中には「自分の事しか考えないアメリカ人は、もっとアジアに目を向けるべきだ。」なぁ〜んて書いている新聞もあったようです。


さてさて、WBC連覇の興奮覚めやらぬ今夜は、目的不明の状態に潜むリスクについて考えてみましょう。


はじめに、意思決定のために大切な4つの要素について、おさらいです。


・目的=何のため?

・戦略=やる?やらない?

・目標=いつまでに?どれだけ?

・戦術=どんな方法で?



あなたは、目的不明の状態なのにも関わらず、ノルマを与えられてしまったり、逆に目的を共有せずにノルマを課した事がありませんか?



例えば、

「とにかく、つべこべ言わないで、自分の責任ノルマくらいやれよ!」

ってやつです。



“目的”が明確であれば、「何のために、どんな方法で、いつまでに、どれだけやる必要があるのか?」について、矛盾なく論理的に説明する事が出来ます。


しかし、指示・命令する側も、指示・命令される側も、目的不明な状態は腑に落ちません。


この状態を『アキバの動物からカリマス理論』にあてはめると、


目的不明=わからない物事

不安

脅威

逃避

攻撃


となります。


人は、何のためにやっているのかわからない状態をそのまま受け入れて、なおかつやり続ける事なんて出来ないでしょう。


目的不明という不安な状態を回避するために、真っ先に挙げられるのは、誰から見ても“明確でわかりやすいもの”に“逃避”する事です。


・戦略=やる?やらない?

・目標=いつまでに?どれだけ?

・戦術=どんな方法で?



「やるのか?やらないのか?」は明確ではないですね。


「どんな方法?」かと言われても、いろんな方法がありますから明確ではありません。


「いつまでに?」「どれだけ?」については、誰が見ても明確ですよね。

しかも、予算や事業計画という形でまとめられていますから、いつでも見て確認する事が出来ます。



ですから、目的不明の法人も目的不明の個人も、“目標”とする『お金』を本能的に“目的”とすり替えてしまうのです。

“目標”である『お金』を“目的”としても、それぞれひとり一人の個人は、自分自身の夢を達成する事にもつながる場合がほとんどですから、全く違和感がありません。

むしろ、それが当たり前となり、《金持ち=勝ち組、成功者》という固定観念や既成概念となっていくのです。



『本来の価値観』を見失ってしまった原因と『お金基準の価値観』が身に染みついてしまった原因は、こんなところにも潜んでいたのですねぇ。



しかも、『お金』を“目的”とすり替えてしまうと、“目標”が達成されない理由を見失いますので、根性論で戦い続けなければならなくなります。



そんな状況に陥ってしまう事を回避するためには、『本来の価値観』による『経営理念』です。




そこで一句


winwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwin


リスクです

目的不明

経営が

向かうその先

迷いと戦い


winwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwin

今日はもう一丁

winwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwin



目的を

明確に持ち

戦術を

組み合わせれば

目標達成


winwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwinwin


お後がよろしいようで。。。




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こんばんは、リスクマネジメント協会 Certified Risk Manager のアキバです。


昨日はAIGの救済に850億ドル、およそ9兆円もの資金がFRBから投入されました。

でも、24ヶ月期限の融資なんですね。

24ヶ月で返済するためにどれだけの資産が売却されるのかを注意して観ておく必要がありそうです。


ところで、今朝のニュースの“9兆円”はお気づきになりましたでしょうか?


なんでも、タバコの値段を一箱1,000円にすると、10年で9兆円もの税収アップが望めるそうです。


24ヶ月で9兆円を返済するなんて「大丈夫なの?」っと驚きましたが、タバコをヨーロッパ並みに値上げするだけで9兆円もの税収アップが望めるなんて、またまたびっくりしました。


日銀は公開市場操作で、今日までの3日間で計8兆円もの資金を短期金融市場に供給しています。


全くもって、『お金』自体の価値観が麻痺するような金額のニュースが、「これでもか〜、これでもか。」っと流れています。



みなさんは子供の頃、

「お金がどれだけありがたいものか考えて使いなさい!」

とか

「一生懸命働いても、これだけしかお金にならないんだから、お金はありがたく使いなさい!」

とか言われた事、ありませんか?



『お金自体』が『ありがたい』ものだと教えられてきた人達が多いのではないでしょうか?

そんな『ありがたい』『お金』を一生懸命稼ごうとすると、提供する商品やサービスの『本来の価値』よりも、まず第一に『お金』を稼ぐ事を優先して道徳的な事や人として本当に大切な事をなおざりにしてしまうこともあるのです。

それは、ある意味仕方がないように思います。

そんな教育を受けてきたのですからねぇ。


そこで生まれるのが、『お金基準の価値観』です。


『お金基準の価値観』が強く先に立っていれば、偽装や詐欺まがいの行為をしてしまっても、

「俺は稼ぐために、一生懸命頑張って来たんだから、しょうがないじゃないかぁ。」

「そもそも価値がわからないから騙されるんだ。」

なぁ〜んて、逆ギレとも言える発言につながるのでしょう。



逆ギレせずに、逆に考えてみてください。


あなたは『ありがたい』と思わない物事に『お金』を払いますか?


あなたが『ありがたい』と思わない物事に『お金』を払わないように、お客様もまた『ありがたい』と思わない物事には『お金』を払わないのです。


『お金』自体を『ありがたい』と思うよりも、大切なお客様から『ありがたい』と思っていただいた結果としてお支払いいただいた『お金』と認識した方がわかりやすいでしょう。

大切なお客様が『ありがとう!』って支払っていただいた『お金』を大切にしないという事は、お客様からの『ありがとう!』を踏みにじっている事になりますからねぇ〜。




そんな『お金』にまつわるビジネスの真髄も、物語としてまとめられている本が、

公認会計士の天野敦之(あまのあつし)さんが執筆してくださいました、

『君を幸せにする会社(日本実業出版社)』です。


君を幸せにする会社



『仕事』をする上で、本当に大切な事。

ビジネスを継続的なものにする真髄が、本当にわかりやすく書かれています。

金融不安解消のヒントも、ここにありますよ。


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こんばんは、経営理念コンサルタントのアキバです。


今夜は《安物買いの銭失い〜本編の巻き・其の参〜》をお送りします。



自分が儲ける事とお客様が喜ぶ事が『矛盾』すると思っていらっしゃる方のほとんどは、『お金基準の価値観』が強くなっている方々です。

この『矛盾』を解消するために【高く見せられるモノを安く作って売る(=利益率が高いから儲かる)】ようになります。

【高く見せられるモノを安く作って売る】時に『本来の価値観』をしっかりと持っているとどうなるでしょう。


々發見せるために質の良い原材料を使って【作る過程、工程を工夫して】安くする。

もしくは、

高い原材料の質と【同じような質感を出すことが出来る安い原材料を探してくるか、作るかして】安くする。

でしょう。



全く質の違う原材料を使って安くしたり、作る過程で手抜きをして安くする事は出来ない筈です。



『本来の価値観』とは、そのもの自体の『存在価値』+『付加価値』を『価値』とする、ごくごく当たり前の『価値観』です。

何も改めて私が言うことでもないのですが、最近は無くしてしまった人が多く見受けられますので、あえて言って回ってます。


あっ、そうそう、「とはいっても『本来の価値観』って今ひとつわかりにくいんやけど‥‥‥」っとおっしゃる方。
日テレのドラマ『おせん』をご覧ください。

あっ、私は特に日テレ系の人ではないですよ。

TBSもフジもテレ朝もテレ東もテレ玉も見ますよ。


すみません、脱線しました。


戻ります。



『本来の価値観』は『存在価値』+『付加価値』なのですが、それって《誰にでも同じもの》じゃないですよねぇ。


「あなたとは『価値観』が違うみたい。さよなら。」

とか、

「あなたの『価値観』を押し付けないでよ!」

なぁ〜んて、言われたことありませんか?

あっ、いや、失礼。

聞いた事はありませんか?


例えば、ここにAというモノがあると仮定しますよねぇ。

ある人にとっては不足しているモノであっても、他の人にとっては満ち足りているモノであったり、またある人にとっては必要ないモノであったり、また別の人にとっては邪魔なモノであったりします。

上記の4人の中に『存在価値』を感じてくれる人は何人いますか?



そうです。

たった2人だけです。
(厳密に言うと『プラスの存在価値』)


不足していると感じてくれた1人と、満ち足りていると感じている1人の合わせて2人です。


それでは、すぐに欲しいと感じてくれるのは?


そう、不足していると感じてくれた1人だけです。


満ち足りていると感じている1人は『存在価値』だけだと不足するまで欲しくなりません。


そこに『付加価値』が付いてくると、「満ち足りているモノとは違うモノ?」っと触手が動き出します。


『付加価値』とは機能であったり、色とか香りとか質感であったりもしますが、商品やサービスを提供する人の性格であったり、想像するシチュエーションであったり、様々な物事が含まれます。(勿論、『マイナスの付加価値』もあります)


だから面白いんです!
ビジネスって!

あっ、ビジネスって言葉が嫌いな方もいらっしゃいますねぇ‥‥‥

だから面白いんです!
お仕事って!



「いっぱい宣伝するだけじゃ売れない」とか「ターゲットセグメンテーション」とか「お客様はより具体的に〔どこの誰のような人〕なのかを想定する事が大事」とか「ペルソナデザイン」という事は、先ほどの『存在価値』の説明をお読みいただけば一目瞭然でしょう。

「感情マーケティング」とか「感動を売る」とか「ジャパネットたかたさんが売れる訳」という事は、『付加価値』についてたくさん興味を持てば持つほどわかってくるでしょう。

『付加価値』はある意味で無限大かも知れませんからねぇ。




『本来の価値観』による『経営理念』とは、お仕事を行う上で一番大きなチャンク(塊・分類・階層といったもの)に位置するものです。


『本来の価値観』による『経営理念』は、『お金基準の価値観』のような『矛盾』が発生しません。


《その組織やチームだからこそ提供する事が出来る商品やサービスの『本来の価値』を、そのお客様に提供し続ける事により、そのお客様にどのように喜んでいただきたい。》

その組織やチームらしい言い回しで、お客様にもお取引先にも社員やメンバーにも“伝わる”ように『経営理念』を策定しましょう。


一般的に経営理念というと、崇高なイメージの言葉に「社会貢献」という決まり文句を加えたものをイメージするでしょう。

でも、伝わらなきゃ意味がないんです。

お客様にもお取引先にも、ましてや社員やメンバーにさえも伝わらない『経営理念』から経営パワーは生まれません。


企業における「社会貢献」とは、しこたま儲けた『お金』で寄付する事ではないでしょう。

寄付するためにある程度儲ける事を、お客様に同意していただいているんだったら良いのですが、もしお客様から同意も得ずに寄付のための『お金』を商品やサービスの価格に転嫁しているのであれば、私設消費税のようなものです。勿論、消費者は知らないうちに搾取されている事になります。

そうなると、搾取された消費者の方々=お客様を一つの社会の単位として捉えた場合、どうなりますか?


そうです。寄付する事に同意をいただいていないお客様の方々にとっては、「貢献」とは逆に「ご協力」いただいている事になってしまいますね。

『矛盾』してます。


もし、利益の一部を環境保護のために寄付したいのであれば、積極的にお客様にアナウンスするべきです。

その方が『共感・共鳴』してくださるお客様が、喜んで買ってくれるでしょう。


お客様の方々を集めて一つの社会。

その社会に貢献する事はすなわち本業、その組織やチームだからこそ提供する事が出来る商品やサービスを提供し続ける事でしょう。

しっかりとお客様に喜んでいただける商品やサービスを提供し続けられれば、すでに社会に貢献しているでしょう。


それに、企業における社会的責任「CSR」だって、そのお客様の社会から見れば《安全なモノを安心して買い続けられる事》を望んでいるんですから、《安心・安全なモノをその市場に提供し続ける事》が社会的責任な筈です。


なぜなら、例えば玩具メーカーが子供達の教育上の問題まで社会的責任だと言われたと仮定しましょう。

教育上悪い影響を与えてしまう恐れがある商品を提供しないようにする事は社会的責任の範囲内ですが、それ以外の教育上の問題は流石に範囲外ですよね。


「社会貢献」も「社会的責任」も『本来の価値観』による『経営理念』の中に含まれています。

『本来の価値観』による『経営理念』をチャンクダウン=細かく噛み砕けば、「社会貢献」にも「社会的責任」にもつながります。


おっと、申し訳ございません。

大切な、『本来の価値観』の下では自分が儲ける事とお客様が喜ぶ事が『矛盾』しないという部分のご説明がまだでした。


『本来の価値』ですから、そのままストレートに

「提供する商品やサービスの品質を落とさずに、お客様に提供し続けたいからこの値段!」


これだけです。


その言葉に偽りがなければ、もっと深く突っ込んで「何で?何で?」って聞かれたとしても説明出来るでしょう。


「お客様。こちらの商品は〇〇という素材をふんだんに使い、職人がひとつ一つ丁寧に仕上げております。近頃では素材価格の高騰により儲けも少なくなってきておりますが、何とか職人の努力でこの値段を維持して参りました。ですが、来月にはまた素材価格が上がってしまいます。これ以上職人の手間賃を下げてしまっては、職人達が仕事を続けられなくなってしまいます。誠に申し訳ございませんが、来月からお値段を少し上げさせていただきます。」


もっとわかりやすいのは「ジャパネットたかた」さんです。

お店で教えてくれなくなってしまった「機能」とか「使い方」を、具体的に見たり聞いたりしているうちに、値段を提示されるまでに頭の中で「このくらいかなぁ?いや、このくらいかなぁ?」と『付加価値』分の金額を乗せていっているのです。

そして最後にお手頃な価格をポンと提示されると、「安い!」「お買い得!」ってなっちゃうんです。

しかも「かゆいところに手が届く」ようなトッピングの数々、「金利分割手数料はジャパネットが負担します。」っときたら、触手が動いてしまうのです。


希少価値のある素材に職人の素晴らしい手間を掛けた商品を『ありがたい』と思っていただけるお客様に提供し続ける。

ただ単に物売りな訳ではなく、あたかも自分自身が使っているイメージを想像してもらい、「あったらいいな!」のトッピングを付けた上に、金利分割手数料という「損しそうなモノ」を排除までして、お客様から『ありがたい』と思っていただく事。


どちらにしても、利益を乗せた販売価格で『ありがたい』と思っていただけるから、『ありがとう』の対価である『お金』をいただけるのです。

お客様に提供し続けたいからこの価格です。

提供し続けるためには、提供し続けられるだけの正当な対価である利益も必要なのです。


なぜなら、例えば経営者も含め、社員やメンバーの生活費がギリギリ出せるくらいの利益しか得ていないとしましょう。


賠償事故が発生したら、一発アウトです。

地震や落雷などの自然災害で生産ラインに大損害が出たら、一発アウトです。

職人さんが倒れてしまっても、他の職人さんを探す余裕もないでしょう。
ギリギリでやってる時点で自転車操業ですから、借入がなくても止まります。


「お客様に提供し続ける」事を守り抜くには、正当な対価である利益をいただかなくてはなりませんし、それが事業継続に掛かるリスクマネジメントの根幹にもなるのです。


勿論、不当に高い利益を得てしこたま儲けようとする事は、「お客様に提供し続ける事により、お客様に喜んでいただきたい。」という事と相反しますから、『本来の価値観』による『経営理念』においては、ありえません。



『本来の価値観』による『経営理念』には、マーケティングも社会貢献も社会的責任もリスクマネジメントも利益計画も組織力も、いろんな経営パワーが込められています。

(あっ、すみません、今回は長くなったので組織力についてはバックナンバーをご覧ください。)


すべて『本来の価値観』による『経営理念』をチャンクダウンしていけば、繋がってしまうのです。


そう、『矛盾』する事なくロジカルに繋がります。

****************************************************

経営の

力を繋ぐ

理念かな

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お後がよろしいようで。




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こんばんは、カリマス(借ります)コンサルタントのアキバです。


今日は、心理カウンセラーの東京ビジネスラボラトリー・朝妻秀子先生からお借りして、『共感』と『共依存』に『序列の価値観』や『貢献』といった部分をmixしてお送り致します。

お客様と『共感・共鳴』する事が出来るビジネスが『お金基準の価値観』ではなく、『本来の価値観』を取り戻す事によって可能になると言うのがアキバの持論です。

その『共感』だと思っていたものが、実は『共依存』という症状かも知れません。

まずは、『共感』と『共依存』の定義から参りましょう。



【共感】


《相手と同じ視点》で見る

《相手と同じ枠組み》で物事を捉える

《相手と同じ立場》に立つ



【共依存】


《自分からの視点》で見ている

相手を《自分の枠組み》にはめようとする

《自分の立場》で物事を考えている



『共感』と『共依存』の一番の違いは、《相手の〔個〕を認めた上》で『共感・共鳴』しようとしているか?、《相手の〔個〕を認める認めないに関わらず》『共感・共鳴』しようとしているか?です。



相手の〔個〕を認めなければ、相手には問題解決能力が無い事になり、結果として『共感・共鳴』しているつもりで自分が解決策を考え、自分の方法を押し付けてしまうというのが『共依存』です。



ちょっと抽象的でわかり辛いですねぇ〜。




それでは、具体例にしましょう。


一番わかりやすいのは、《過保護な親》です。

《過保護な親》は子供の生命力や能力を認めた上で様々な事にチャレンジさせるような事はせず、我が子が困らないように、悩まないように、怪我しないように、好きなように《してあげます。》

我が子が心配で可愛くて仕方がないのはわかります。

でも、それでは子供が自ら困難を乗り越えたり、問題を解決したり、運動能力を高めたり、どうしたら怪我をしない転び方が出来るかを体得する事は出来ませんね。


すなわち、《自立出来ない》子供が育つという事です。


このケースでは、我が子の〔個〕を認めていない親も、従えば良い為に自立出来なくなってしまった子供も『共依存』となってしまいます。


ここで、『序列の価値観』のおさらいです。

『序列の価値観』が身に染み付いてしまうのは、受験戦争を勝ち抜くための教育を、人格が充分に育ちきっていない子供が一律に受けてしまう事が大きく影響しています。

特に受験戦争用に詰め込まれる事は、個性を必要としない事ばかりです。


『何で言われた通りに出来ないんだ!!』って、子供の頃言われた事ありませんか?
もしくは、子供に言った事ありませんか?
もしくは、部下に言った事ありませんか?



実はこの『共依存』というものを先日教えて頂いた時に気付きました。

『序列の価値観』を更に明確にするために必要だったのです。



教育の方法がマニュアル化されればされるほど、一律に『従う人間』が育ちます。
『従う人間』はコントロールしやすいですから、優遇されます。
そして、実は注意しなければならないのは、『従う人間』は『結果』を残すという部分です。


受験戦争用の教育であれば、それに『従う人間』が『結果』を残すのは当然ですが、純粋に『従う人間』ほど《自ら考えて行動する》とか《応用する》といった事が疎かになってきます。

《上の人に『従う』事》で『結果』も残し、誉められますから、『従う』事が楽になってきてしまうのです。


こうして育った大人達が教える立場になれば、もっと『共依存』化が進みます。



実は、ヤバい事に『共依存』と『序列の価値観』は、日本の高度成長期を支えてきた原動力にもなっていたようなのです。

『共依存』では自分の枠組みで物事を捉えてしまうため、個人の限界までの仕事しか出来なくなりますが、『序列の価値観』により《自分が出世するために必要な権力者としての上司》には服従します。『共依存』は自立型の反対で、結果としては他人に依存しますから、上司の命令に『従う人間』です。

そして右肩上がりの経済成長期においては、革新的な変化、もしくは変化に対応する事よりも、経験則に従った方が早く『結果』を残す事が出来たのです。


ですから、組織はトップダウンのピラミッド型組織が上手く機能していたのでしょう。


ところが、21世紀に入り、世は高度情報化により激動の時代となりました。

激動の時代には、様々な変化に対応する力が不可欠ですが、戦後日本の歴史上、皮肉な事に日本人の『共依存』化が進んでしまったようです。


『共依存』化が進むと、基本的には指示・命令をされなければ《動けなく》なってしまいます。

指示・命令をされない場合には、周りの多勢もしくは、権力の強い方に合わせ(依存し)ます。

つまり、自らの能動的な行動や言動が激減して、一般的な物事に合わせたり、一般的に《凄い》とか《偉い》と言われる『序列の高い人』に合わせてしまう為、自らの『軸』を見失ってしまうのです。


『共依存』は、《自分からの視点》で見て、相手を《自分の枠組み》にはめようとして、《自分の立場》で物事を考えますから、『序列の高い人』に合わせた時も、自分に都合が良いように解釈してしまいます。

そう、『共依存』が進むと、大切な『謙虚』さまでも失う事になってしまうのです。


そして、自分の地位を維持するための『不安』から、様々な《先生》に依存し、様々なビジネス本(の著者)に依存するようになり、結果として自らの『軸』や『芯』といったものがブレはじめてしまいます。


そんな『不安』から解放されるために、同僚や部下を陥れるような行動や言動(対人《敵視》)を取ったり、転職や新規事業への目移り(逃避)をしたり、本来あるべきポジションから更に遠ざかってしまうのです。



『共依存』の部下は、上司の話を聞いているようで、身になっていません。最後は自己主張しか出来なくなります。

『共依存』の上司は、部下の話は聞くと言っても聞いてません。最後は自己主張しか出来なくなります。

これは、先輩と後輩、親と子でも同じです。



実はこの『共依存』とは、人間関係の依存症状で、アキバ的には『他人依存症』と解釈出来るものと考えております。


株式会社アントレプレナーセンターの福島先生に教えて頂いた、今後目標とすべき『自立型相互支援社会』の真逆です。


症状としては、次のようなものが挙げられるそうです。





【共依存の症状】

‥切な高さの自己評価を体験できないという自己愛の障害

⊆己と他者の境界設定が出来ずに他者に侵入したり、他者の侵入を許したりするという自己保護の障害

自己に関する現実を適切に認識する事が困難であるという自己同一化の障害

ぜ己の欲求を適切に他者に伝えられないという自己ケアの障害

ゼ己の現実(年齢や状況)にそって振る舞えないという自己表現の障害





その結果、次のようなデメリットが生じるそうです。


・自分の視点からしか物事を見ようとしないので、視野が狭い。

・自分の枠組みで物事を捉え、相手の行動が自分の枠組みから外れる事を恐れる。

・自分の立場にしか立つ事が出来ないため、相手が理解出来ない。

・自分が助けてあげなければ、相手はやっていけないのではないかと心配する。

・自分の事を愛してくれるように、承認してもらうための行動をする。

・相手の為だと思って取った行動でも、相手が不機嫌になったりすると、自分の行動を簡単に変える。



『共依存』や『序列の価値観』を排除するには、本気で相手を認めて、本気で相手が自立して成長するように、常に考動しましょう。


長くなりましたので、今日はこの辺で。



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こんばんは、カリマス(借ります)コンサルタントのアキバです。

今日は、『お金基準の価値観』と『序列の価値観』の人達の特性について掘り下げてみます。

今日も借りません。



【お金基準の価値観】

モノの価値は、ある人から見て存在価値があるか?どんな付加価値があるか?で決められます。
広義の意味においては《ある人》が《ある動物》であったり、《大自然》であったり、《地球》であったりもします。
また、同じく広義の意味においては《モノ》の部分が《人》であったり、《サービス》であったりもします。
『存在価値』と『付加価値』は、《ある人》から見ると非常に高くても《他の人》から見たらあまり高くないかも知れません。

『高い価値』と『低い価値』を誰もが明確に理解するためには、何か共通の尺度が必要になります。

大昔に遡ると、『価値のあるモノ』と『価値のあるモノ』の物々交換から始まります。
物々交換による《共通の尺度》は、例えば海沿いのある村と山間部のある村といった特定の地域社会における尺度としては有効です。
ですが、適用する地域が広くなれば広くなるほど、価値判断のための地域的な要因や個人的な要因にとらわれない尺度が必要になります。

その尺度を国や地域で定め、具現化したものが通貨=お金です。
その通貨を別の国や地域の通貨と交換する基準が為替です。


そもそも『価値を交換する道具』であった『お金』ですが、モノの先物取引が始まった事から、『お金』が『お金』を生むようになり、徐々に『お金』自体の尺度そのものが『価値』の基準であるかのように考える人達が現れてきました。

国がデフォルトしたり、デノミが実施されれば『お金』自体の『価値』なんて簡単に無くなったり、極端に低下したりするのにもかかわらず、本来のモノ自体よりも『お金の価値』の方が強くなってしまったのです。


『お金基準の価値観』となってしまった人達は、『モノ』『人』『サービス』もほとんど全て『お金』で判断します。
ですから、組織やチームで仕事をしようとしても、《いくらもらえるのか?》によって、自分のモチベーションを管理します。

ただし、残念な事に『お金』には『付加価値』がありませんから、沢山もらっても『感動』を得る事は出来ません。
ですから、結果として《より報酬の高い仕事》に心移りしてしまうのです。

さらに、人に優劣をつける『序列の価値観』が加わると、同じ組織やチーム内での『お金』の取り合いがはじまります。



【序列の価値観】

日本人は一般的に、幼少の頃から《通信簿》で自分と他人の優劣を付けられ、同級生とも戦わなくてはならない《受験戦争》を経て、《他人を蹴落としてでも自分が上に立つ》ように育てられてしまいます。
本来であれば、その子が一番やりたい事を伸ばしてあげる事で、より専門的で素晴らしい人間が育つ筈です。でも実際は、残念ながら『個性』よりも《全てが平均値以上》を重要視されてしまっています。
礼儀や節度、道徳といった人として非常に大切な教育がなおざりにされた上、《他人を蹴落としてでも自分が上に立つ》ような教育を受けて育てば、人に優劣をつける『序列の価値観』が染み付いてしまうのも仕方がありません。

『序列の価値観』が身についてしまうと、人には上下があり、勝ち負けがあるのが当たり前になります。
スポーツやゲームにおける上下や勝敗は当たり前ですが、その価値観が人格を判断する基準にまで影響してしまうのです。

『勝ち組』という言葉はまさしくその典型です。

たった一つの『誰かが編み出した理論』を習得しただけで自分の方が偉いとか、上だとか言ってしまうのは『序列の価値観』があるからです。

自分で初めから最後まで考え出した理論や考え方であれば、確かに『偉い』でしょう。

ですが、そんなたった一つの事だけで『人の上に立つ』のは如何なものでしょうか。
誰が『人の上に人をつくり』『人の下に人をつくる』のかといえば、それは『序列の価値観』を持った人間でしょう。


もっとわかりやすい『序列の価値観』が《年功序列》です。

そもそも、《年功序列》とは《年高序列》ではありません。
年上だから上で、年下だから下とか、先に入社したから上で、後から入社したから下という事ではないのです。

『年の功』とは、「年をとって経験を積んでいる事」または「その経験の力」の事です。
経験値により、スキルやノウハウの奥行きや高さ、幅が広がる事から《年長者=より高い価値を提供する事が出来る人》となり、年長者を敬うようになったのです。昔は、村の長老に相談して問題を解決したり、おばあちゃんの知恵袋から知恵をお借りして利便性を与えてもらっていたから、敬われるのは当然でした。

それが、言葉の意味を置き去りにするほどのスピードで『序列の価値観』が人を浸食し、何の価値をも与える事が出来なくても『年上は上、年下は下』と本当に思っている人が増えてしまいました。


あっ、すみません、また言い過ぎました。
『何の価値も与える事が出来ない』人なんていません。
申し訳ございませんでした。
心からお詫び申し上げます。



【お金基準の価値観+序列の価値観】

『序列の価値観』をもっと噛み砕いて説明すると、「俺の方が知っている」とか「わたしの方が ・・・」といった、いわゆる「俺が、俺が」タイプの人です。
このタイプの人のウィークポイントは、ほとんどの場合《人の話を聞かない》という部分です。
この場合の《人の話を聞かない》というのは、《人の話を受け入れない》とか、《人の話を理解しない》という意味です。
ただし、『序列の価値観』がありますので、《自分より上だ》と思っている人の話は良く聞きます。

《自分と同列》か、《自分より下だ》と思えば、ほとんどの場合、聞く耳を持ちません。

立場的に《先生》と呼ばれる職業の方や、急に昇進して組織をまとめなければならなくなった人は注意が必要です。
それは、無意識のうちに人の立場を《上下》で見るようになりやすいからです。

いつの間にか『序列の価値観』によって、《人の話を聞かない人》として孤立するようになってしまうかも知れません。


そこに『お金基準の価値観』が加わると、《より多く稼ぐ人が上》となります。
《より多く稼ぐ人が上》ですから、『お金基準の価値観』+『序列の価値観』の人は《あまり稼げない人》の意見は聞きません。

また、お金には『付加価値』がありませんので、他の人と共感・共鳴するポイントはたったひとつ、《どうやったら儲けられるか?》だけになります。

そこにピラミッド型組織の象徴である『権力』が加わると、従業員使い捨ての統治組織が誕生します。

『権力』を外して『自律性』に任せると、成果主義の組織になります。

成果主義の組織は一見フラットな組織に見えますが、社員やメンバー同士が協力しあう事はありません。
むしろ、他の社員やメンバーがいない方が自分の給与・報酬が多くなりますので、足の引っ張り合いになりやすいのです。

学校教育が、人格を形成する礼儀・節度・道徳をなおざりにして成績主義の教育を行い、そんな環境で育った人達が今、教育の現場にいらっしゃいます。
もっと大切な《親》もまた、そのような環境で育っています。



気づいた人が、気づいた時に。



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こんばんは、カリマス(借ります)コンサルタントのアキバです。

私の住む埼玉県越谷市は、昨日ついに気温が40℃を超えました。
北極の氷も過去最大の減少を記録してしまっています。
地球規模で本質的な価値観に早急にシフトする必要性を強く感じるようになった今日この頃、金融市場では株式・商品・為替まで混乱が見受けられています。
今朝は一時的に為替が111円台に突っ込む程の急激な円高と、連日の株安が商品相場まで急速に冷却し、米国ではとりあえず安全な短期債券に資金が流入しているようです。

そこで、緊急企画『地球貢献の巻』です。
なので今日も借りません。




【地球貢献〜其の壱・組織のサイズ】


21世紀に入り、私たちが受信する事が出来る情報は、端末とインフラの発達により、量も速さも非常に向上しました。
「地球の裏側で何が起こっているか?」「表向きには伝えられていない地球温暖化の原因」なども、ネットを使えばほんのわずかな時間で調べる事が出来ます。
また、携帯電話をはじめとした携帯端末の発達により、移動中でも大量の最新情報を入手する事が可能になりました。


このように人類が『高度情報化社会』を創りあげた事により、同一の『理念』に共感・共鳴する事が出来る人数も地域範囲も急速に拡大しました。
例えばmixiのようなソーシャルネットワークサービスにおけるコミュニティーでも、ひとつの考え方や理念に賛同した人々が集まった組織ですし、ネット上では世界規模、地球規模でそのような組織化が可能になっています。


また、『高度情報化社会』の到来により、『序列の価値観の組織=トップダウン型のピラミッド組織』から『自立型相互支援型のフラットな組織』に組織の形をシフトする事が望ましくなってきました。『高度情報化』により、より専門的な知識やスキル、ノウハウが必要になってきた今日、その組織やチームにおける社員やメンバーの上下の序列は、ほぼ案件毎に変わるものとなり、結果として上下の序列を決めておく事にあまり意味がなくなってしまったのです。
(ただし、責任のレベルにおいては序列も必要です)


最も小さな組織は、夫婦や兄弟で、2人です。

家族

隣近所での自治会

学校のクラスや部活

会社の部署

会社

グループ会社

市町村



地球全体


規模が大きくなると、その組織やチームの事を『社会』と言いますが、その規模であっても『共通の理念』に共感・共鳴していれば同じ組織やチームでしょう。


考え方の異なる人達が共通のルールで縛られて形成されるのではなく、『共通の理念』に共感・共鳴して能動的に集まるのが21世紀型の理想的な組織です。


組織のサイズは家族単位の小さな組織が地球規模で集まっても同じ組織やチームです。





『共通の理念』

『我々人類、我々が生かして頂いている地球を心の底から守りたい』

『あなたのお子さんもお孫さんも、未来永劫、安心して暮らす事が出来る地球にしたい』



一人では出来ないと諦めそうでも、今なら地球規模でチームとなる必要性があります。


『地球貢献』

個人的な私利私欲の為に利権争いをしている暇はありません。



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こんばんは、カリマスコンサルタントのアキバです。


今日は『お金で買えない価値がある』のマスターカード様から借ります。
あっ、いえいえ、お金じゃないですよ。


『お金で買えない価値がある』
逆に言うと『ほとんどの価値はお金で買える』という事ですね。


例えば、『旅行』というサービスは買えるけれども、『たまたま絶好のお天気で、たまたま現地で意気投合した地元の人に絶景ポイントに案内してもらって、夕飯と共に美味しいお酒までご馳走になっちゃいました』という出来事は『旅行』というサービスを買った時には想定出来ません。


それでも、その『旅行』を買った人には、『感動』という付加価値が残ります。


最初にその旅行に決めた時の『存在価値+付加価値』に加えて、さらに『素晴らしい思い出』という『付加価値』が付きましたから、満足度は非常に高くなります。

その旅行というサービスの『存在価値+付加価値』に対して、『その価値を提供してくれて、ありがとう』という支払いをします。

その『ありがとう』を形にしたものが、『価値を交換するための道具=お金』です。(大昔の貝や石です)


旅行業者からの『存在価値+付加価値』に対する『ありがとう』の分だけ『お金』を納得して支払っています。

ですが、『素晴らしい思い出』という『付加価値』に対する『ありがとう』と、その分の『お金』は支払っていません。

その分の『お金』は支払っていませんが、『素晴らしい思い出』という『付加価値』は手には入った訳ですから、『ほとんどの価値はお金で買える』とも言えます。

しかしながら、『素晴らしい思い出』という『付加価値』だけを買おうと思っても、それは買うことが出来ません。



『感動をお届けします』なんて簡単に使ってしまうと、お客様は、その『感動に対する期待』が実現したものとして『ありがとう』という『お金』を支払います。

そして、『感動』しなかった時には、『感動という付加価値』のために支払った『お金』には『ありがとう』が込められなくなり、『ダマされた!』という気持ちが沸き起こります。その結果、クレームや悪い口コミへと変化してしまうのです。

逆に、想定していなかった『感動という付加価値』が後から発生すれば、『ありがとう』という気持ちが伝わらないままですから、バランスが取れません。
受け取っている『価値』と渡したかった『ありがとうという価値』のバランスを取りたくなり、お客様自らリピーターになったり、口コミで他のお客様を呼んできてくれたりします。


『感動という付加価値』は、良くも悪くも働きます。
しかも、良くも悪くも非常に効果が高い『付加価値』なのです。


他にも感動を与える付加価値があります。

それは、商品やサービスに付随する付加価値ではなく、接客や電話や手紙の一言といった、組織やチームのメンバーひとり一人の行動や言動に起因するものです。


たとえ扱っている商品やサービスが同じでも、売り上げが異なるのはその為です。

社員やメンバーひとり一人が『心・気持ち・情熱』を込めて価値を提供しようとしていれば、直接商品やサービスを提供する事とは関係の無さそうな行動や言動にも『心・気持ち・情熱』が込められます。

その『心・気持ち・情熱』が感じられるから、『感動』が生まれるのでしょう。




その『付加価値』による感動は、CS(顧客満足度)では、

不満⇒満足⇒感動⇒感激⇒感謝

と表されます。




『存在価値』を認めてもらったけれども、実際に使ってみて想像以下だったり、悪い方に想像していた通りだと『不満』に感じます。

その時の口コミは、その不満が大きいほど悪い噂として波及します。
悪い噂と言えば、最近はネット上で知らないうちに知らない人が噂を流布するような時代になっておりますので、気をつけましょう。


『存在価値』を認めて『付加価値』が『想像を少しだけ超えているかなぁ〜』っという状態で人は満足します。

『付加価値』が『想像以上だ!』っというときに、人は感動します。

『付加価値』が『想像以上だ!そこまでやるか!』っというときに、人は感激します。

『付加価値』が『泣けるねぇ〜、想像以上だし、自分のためにそこまでやってくれるか!』っというときに、人は『心から感謝』します。


『感謝』というものは表面上の言葉やマニュアルではなく、『心』を込めてはじめて『感謝』です。

ですから、お客様に『感謝』して頂きたかったら、こちらから『心・気持ち・情熱』を込めて考え、行動する事が大切なのです。


感情を動かす=エモーショナルな『付加価値』が多ければ多いほど、大きければ大きいほど、お客様に『感謝』して頂ける可能性も広がります。


旅行の例のように『たまたま‥‥』の『付加価値』は、一見『本当にたまたま』かのように見受けられますが、情熱をもってお客様にもっと価値を提供しようと努力していれば、地元の人々の暖かさに気づき、その『暖かさ』までお届けしようと考える事が出来るでしょう。



『お金で買えない価値がある』


『その価値』を生み出すのは、
あなたです。



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こんばんは、カリマスコンサルタントのアキバです。

『フラットな組織ァ
今日も相田みつをさんから、雰囲気だけ借ります。


あのね、フラットな組織だからこそ、組織全体の成長が早いって事もあるんだよね。

権力に関係なく、経営理念に基づいて『意見』や『提案』を受け入れられるから、弱い立場だからって『意見』や『提案』を控えたりしないんだよね。

なぜなら、弱い立場って、ほとんどは権力の序列から生まれているからね。



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こんばんは、カリマス(借ります)コンサルタントのアキバです。

今日は、株式会社アントレプレナーセンターの福島先生からお借りします。


まずは、前回のおさらいです。

口コミは手法やテクニックではなく『心・気持ち・情熱』『提供する価値』にどれだけ込められるかがポイント

『心・気持ち・情熱』を込められる仕事だからこそ、大きな問題や困難にぶち当たっても、努力して乗り越えられる


っと、まとめさせて頂きました。


それじゃあ、手法やテクニックは必要ないのかと言うと、そんな事はありません。

今日は『壁を越える方法』ですから、『方法』をひとつご紹介しましょう。



その前に、株式会社アントレプレナーセンターの福島先生が、こんな事を教えてくれました。


『人はそもそも難しい事にチャレンジするのが好きなんです。なかなかスコアが上がらなくても、練習して練習して上手くなろうとするでしょう、趣味のゴルフ!』

『簡単にクリア出来るものはすぐに飽きちゃうんです。例えば、うちは必ず300点がでるボーリング場ですよ〜。誰でも必ず300点でますから、どうぞ〜!って言われてもそんなボーリング場に行かないでしょう?』



人はそもそも、難しい事にチャレンジして、それをクリアした時の達成感が大好きなのです。



ですが、『お金基準の価値観』で仕事に取り組んでいると、その前に《やらされてる感君》がたちはばかります。

この《やらされてる感君》は結構強敵です。

知らず知らずのうちに『腹の虫』のように居座り、何かあると『難しい』という言葉に変換してしまうのです。


誰かから相談されても『難しい』
何かをお願いしても『難しい』

そのうち、簡単な事でも『難しい』

っと言い始めます。


もうひとつ。

出来るのか?出来ないのか?を確認したい時に、「〇〇出来ますか?」っと聞くと、《やらされてる感君》が出て来て、こう返答します。

『それは難しいですね』


もっと酷くなると、人に何かを依頼するときにも、はじめから『難しいよ』っとしか言わないようになります。

それでは何をどうしたいのかわかりません。


《やらされてる感君》を排除するには、しっかりと『提供したい価値』に情熱を込めていれば、簡単に排除出来ます。


それでは、何かあると『難しい』とばかり言ってしまう人に、その難しいとされる問題をクリアしてもらう方法を考えてみましょう。


ほとんどの場合、この『難しい』という言葉は以下の言葉に分類もしくは分解する事が出来ます。


『やり方がわからない』
『面倒くさい』
『本当はやりたくない』
『時間がかかる』
『人手が足りない』
『そのもの自体を理解出来ない』
『成功するか失敗するかわからない』


っと、ざっとこんなところでしょうか。


もし誰かが『難しい』と言ってきたとき、自分が『難しい』と思ったときには、思い付く限り分解・分類してみてください。


そうする事により、無駄な時間を使わないで済むようにもなります。


分解・分類する事が出来たら、その中で一番強く思っているものを見つけてみましょう。

自分の場合は自問自答で、誰かが『難しい』と言ってきた場合には、分解・分類したものをひとつひとつ聞きながら、確認していきます。


《『やり方がわからない』を一番強く思っているケース》


ほとんどの人は、このケースに該当するでしょう。

人は『わからない』事が不安です。
そこで《やらされてる感君》が登場すると、その不安から逃れようとします。
そんなときこそ、『提供したい価値』に情熱を込めて取り組んでいる事を思い出しましょう。

『わからない』不安を払拭するための、調べたり、聞いたりといった行動に移す活力となります。


《『成功するか失敗するかわからない』を一番強く思っているケース》


このケースの人も、結構多いのではないでしょうか。

成功のイメージ=ゴールが見えないため、頭でいろいろと考え過ぎて行動出来なくなってしまいます。
こうなると、結果をイメージ出来る簡単な仕事を先に片付けたくなるので、『後回し』という思いから『面倒くさい』⇒『本当はやりたくない』と変化しながら、『忘れた』事にして自分を納得させようとします。

『やり方がわからない』も『成功するか失敗するかわからない』も、同じ『わからない』事ですから、

 慊鷆,靴燭げ礎諭戮望霰を込めて取り組んでいる事を再確認する
調べたり、聞いたりして、謙虚に教えてもらう


事が壁を越える近道です。


《『時間がかかる』や『人手が足りない』ケース》


これはもう簡単ですね。

作業に時間が掛かってしまうのであれば、ストレートに『どのくらい時間が掛かりそうかを想定する』ように心掛けましょう。

そして、相手にも『難しい』だけではなく、『これだけの作業量があるので〇〇日で仕上げるのは無理かも知れません』っと明確に言えるようになりましょう。

『人手不足』の場合も同様です。


確かに下請けで仕事をしていれば、無理を承知で仕上げなければならない事が多いでしょう。

でも、そんなエンドユーザーを見ずに、仕事を貰っている元請け業者ばかり見ている状態は『お金基準の価値観』です。

『あなたの提供した価値』を最終的に誰が受け取るのか考えていれば、無理をして品質=価値を下げる訳には行かない筈です。

無理をして品質=価値を下げて元請け業者に媚びを売ると、『偽装』につながります。

『難しい』と言って相手に真意が伝わらない事も、無理をして『偽装』につながる事も結果としては遠回りですね。

仕事を依頼する側も、依頼される側も気をつけましょう。



《はじめから『面倒くさい』『本当はやりたくない』『そのもの自体を理解出来ない』と強く思っているケース》


これも簡単です。

《やらされてる感君》を排除するために、改めて『提供したい価値』に情熱を込めてみましょう。

もし、どうしても情熱が込められないときは、あなたの周りにいる『一番情熱を込めている人』とコミュニケーションを取りましょう。


それでもダメな場合には、休みましょう。

休んでリフレッシュしてもダメであれば、情熱を込められる『別の価値』(別の道)を探しましょう。


人はそもそも、難しい事にチャレンジして、それをクリアした時の達成感が大好きなのです。


価値に情熱を込めて



そして今日も、この一冊

メンタリング・マネジメント―共感と信頼の人材育成術



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